なにかの記念日

新橋駅前のSL広場で古本市をやっていたので、芸能関係を中心に数冊買う。

桜川忠七の「たいこもち」、全然名著ではないし、話もぐるぐる同じことの繰り返しが多いんだけど(たぶん聞き書き)、いままでに読んだ吉原の話の中ではかなりリアリティがあった。松葉屋がどうやって復興して「はとバス」の客を取るようになったか、なんていうエピソードはなかなか読めるもんじゃない。

遊郭を「宿屋」としてとらえると、日本旅館だから、個室というより「共同」な構造だったようだ。朝、顔洗うのは共同の洗面所だったり。みんな朝、顔を合わせるわけで、それで平気だったんだね。「当たり前のこと」だったからでしょう。

夜中に一時間おきに拍子木を打って廊下を回ったっていうのも知らなかった。これは女を寝させないためです。なんせ一晩に8人から11人(みょうに端数)まわしを取ったっていうから。待ってるほうもタイヘンだけど、女もタイヘンだ。そりゃあ途中で眠くもなるだろうし、どうしたって衛生的とはいいにくいよね。

当時の写真もいくらか載っていて、ぞろっとした着こなしの人が多いんだけど、旦那、芸妓、禿(はげ、じゃないよ、かむろ、だよ)、幇間、が一緒に引手茶屋から貸座敷に行くところの写真なんていうのもある。なんでこんなとこ撮ったのかわからないけど、いまとなっては貴重な光景。

私の会社のある汐留のビルは、この季節になると、桜の木の根のついたのを植木鉢に入れて花の咲いた状態でビル内に飾り付けるのを、春恒例のディスプレイとしている。

それは吉原仲之町の春の慣わしでもあったので、なんとなく毎年ヘンな感じがする。素人が吉原の真似している、といったような。

今日は3月31日。49年前の今日がいわゆる「吉原の灯の消えた日」 売春禁止法施行日だ。実態として役に立たなかった法律が(いまの歌舞伎町とか見てー) 文化だけを殺した って感じかなあ。

売春禁止法は「癌細胞には効かなくて副作用だけきつい抗癌剤」 のようなもの、であったように思う。

引手茶屋だけで帰る客もけっこういたわけだし、いまの吉原のほうがよっぽど即物的だよね。この法律は単に単に物事を即物的にしてしまっただけじゃないのかな。
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by hastadomingo | 2007-03-31 07:48 | 読書雑感
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